ことばを聴こうとしてどもってる?

(お知らせ:2026年1月5日に書いた別記があります)

話そうとして言葉が詰まるのは、話すときに、自分の口から出る言葉(音)に注意が集中していることが原因です。

言葉を意識すると、話すときその言葉に注意が向かうようになります。口から出る言葉は音ですから、話すとき口から出る言葉に注意が向かうとは、自分の口から出る音を聴こうとする、ということです。※

話そうとする一方で口から出る(はずの)言葉に注意が向かっていれば、それは、話すことと聴くこととを同時に行おうとすることで、話そうとする言葉は詰まってしまいます。※※

要するに、話すとき、自分が話す言葉を聴こうとすると聴こうとした部分の言葉(音)が詰まるということです。

話そうとして言葉が詰まって出てこないため、本人は話そうとして言葉が詰まっていると考えますが、実際には、意識して言葉を口にしようとしているために(あるいは、自分の発話に注目しているために)自分が話す言葉(音)に注意が向かい、口から出る言葉(音)を聴こうとして詰まっているのです。

口から出てくる言葉は話すときの思考です。吃音の出にくい相手や場、出ても吃音が少ない相手や場では、すんなり話せている部分はそのとき自分が話すそれらの言葉を気にしておらず、言葉(音)に注意が向かっていないのです。思考(考えていること)が展開する通りに言葉が出てきているのです。自分の言葉のことではなく、相手に伝えたい事や、相手の話を受けて自分が思うところを考えているのです。つまり、"声に出して「考えている」"のです。


※聞こえてくるの「聞く」ではなく、関心を持って耳を傾ける方の「聴く」です。

※※

言葉は(話すときの)「展開する思考」です。その思考が展開できないのは、口から出る音に注意が向かっているため、脳で「口から出る音(=耳から聞こえてくる音)」=「(言葉になる)思考」の状態/関係になっており、口から音が出なければ考えることができないからです。

考えることができないと口から音(言葉)は出てきませんから、上の状態のまま話すことはそもそもできません。口から出る音に注意が向かっているため、(言葉になる)思考がせき止められ、思考の展開によって始まり姿を変えていく発話運動もせき止められている状態なのです。

その状態のまま無理に話そうとしても、言いはじめの音のかけらは出てきても言葉は出てきません。

この状態は簡単に言うと、耳から聞こえてくる「音」(自分の声)で考えよう(=話そう)としている状態です。


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2026年1月5日 別記

話そうとして、あるいは、話していて、音が詰まる部分、引っかかる部分では、

言葉になる思考(頭の中で生まれる音/口から出る音)が立ち上がる(生まれ出る)寸前に、その思考の立ち上がり(誕生)の瞬間を観よう(聴こう)とする注意が割り込むようになっています。(無意識に、自分では気づけないところで習慣化[自動化]しているものも含め)

言葉の不安、言葉を口にする過程、口にしようとする音から、話の目的、伝えたい内容(自分の考え)、相手のこと(相手に対する関心)、そのときの気持ちなど、発話(言葉を口にする過程)とは直接関係のない思考や五感の対象などに注意が(自然に)それることによって、発話(音)に対する余計な注意が外れることが増えれば、その分、話しやすくなると思います。

言葉になる思考:頭の中で「腹が減った」と展開すれば、その展開と歩調を合わせ瞬間をほぼ同じくして、その展開する「思考」に重なり合うように、「腹が減った」と口から言葉が出てくる思考。

意識による注目を嫌う、そのもの自身のタイミングで自然に始まり、自然に展開していく、思考活動が生む思考。

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2025.06.04・2025.12.15 別記(ブログ内の他のページへのリンク)







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