自由帳

最終更新日 2025年6月9日

言葉は思考なので、言葉が詰まる、詰まって出てこない、言葉が引っかかるということは、声に出して「考え事」ができない声に出してスムーズに「考え事」に入れない、何か「障害物」(注意が思考/考え事にまっすぐ向かわず他のことに向かう、あるいは他のことにも向かう、「注意の癖」)がそこにあるということです。

発話を意識せずスムーズに話せているとき(あるいは、スムーズに話せている部分)とは違う、別の話し方(注意の向け方/注意の使い方)が登場しているということです。

どもっても吃音を気にせずくつろげる相手との会話でもどもるという場合の「注意の癖」ばかりでなく、「認知行動療法的な電話訓練」(抄録集 54ページ)に出てくる「構え」とそれに伴う「発話モード」のような、普段はどもらないけれど、特定の状況になると吃音が出やすい、「意識の癖」の問題も、発話の邪魔をする「注意の癖」を引き出す役割をしているのかもしれません。


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(「吃音を軽くするために」からの移動分)

【スピーチ・シャドーイングに関連/関係する文献】

吃音者のワーキングメモリ容量とシャドーイング潜時の関係

 阿栄娜, 森 浩一, 酒井 奈緒美

吃音者と非吃音者の調音速度―音読とシャドーイング課題の比較―

 阿栄娜, 越智 景子, 酒井 奈緒美, 波多野 博顕, 森 浩一

42.吃音者の作動記憶の容量と吃音頻度の関係

 阿栄娜、酒井奈緒美、安啓一、森浩一

B3. 吃音者の阻止(ブロック)の頻度 : シャドーイングと復唱の比較(日本音声学会2014年度(第28回)全国大会発表要旨)

 阿 栄娜, 酒井 奈緒美, 森 浩一

55. 吃音訓練におけるシャドーイングの試み

 阿栄娜、森浩一、酒井奈緒美、越智景子


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(「吃音を軽くするために」からの移動分)

「吃音のある成人に対する集団認知行動療法プログラムの開発」と「認知行動療法的な電話訓練」に出てくる「マインドフルネス瞑想」についてのお話と動画

・全国障害者自立訓練事業所協議会

 身体障害者リハビリテーション研究集会2018 報告集

 基調講演 

 国立障害者リハビリテーションセンター 

 自立支援局長(当時) 森 浩一

 報告集21ページ3行目から25ページにかけて。

 (13ページ下から4行目から16ページにかけては吃音のリハビリテーションについて触れられています)

 下の動画は1時間45分あります。動画の後半、「足を意識して、文章を読む」エクササイズの少し手前の1時間26分から、「認知行動療法を用いたグループ訓練」の「考えながら話す」のところに出てくる「注意資源」の話も出てきます。「注意資源」の話は、1時間26分47秒から始まる「足を意識して、文章を読む」エクササイズに入ってもしばらく続きます。この動画の「注意資源」(心のキャパシティ)の話は大切な話です。

熊野宏昭 YouTubeチャンネル マインドフルネス基礎編

 (関連動画 熊野宏昭 YouTubeチャンネル

  ・注意訓練法-耳を澄ませて現実を感じ取る方法

  ・マインドフルネスの実践と科学(23年12月) )


※マインドフルネスの注意事項です。

「マインドフルネスをしてはいけない人」はいますか?

 (マインドフルネス心理臨床センター


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熊野宏昭 マインドフルネス基礎編

上の動画の1時間26分6秒から注意資源(心のキャパシティ)の話が始まります。ここでの話で大切なのは、1時間29分4秒までのおよそ3分間の部分です。

ものごとを考えたり、何かに注意を向けたり、読んだり、話したりといった注意(心の活動)に関わるものには、注意資源(認知資源)と呼ばれるものが使われます。注意資源とは、注意や思考、判断といった脳の活動に使われるエネルギーのことです。

注意資源は、人それぞれ使える容量が決まっていて、同時平行作業で満足に出来る、注意を必要とする活動の数も、注意資源の容量の大きさによって決まってきます。一つ二つのことに大きな注意が使われると、他の活動に使えるだけの注意資源が残らなくなるケースが出てくるということです。

苦手場面などで、言葉の不安や場の恐怖心、自身の緊張状態、完璧主義、イライラなどに注意が奪われたり、意識して言葉を話そうとして構えたりすると、その場での状況判断や、話の内容についてじっくり考えたり、話す(声に出して自由に「考える」)ために必要な注意資源が、必要なだけ残らなくなるケースが出てくるということです。

認知行動療法を用いたグループ訓練」(抄録集 56ページ)という文献には、「吃音者の中には、考えが浮かんだ後に、整然と文章を作り、そこにチェックをかけて、そのうえで話すということをしてきた人々とお会いしてきた。発話メカニズムからすると、これは多大な注意資源を用いており、相手の発話内容や表情変化を捉えるほうに有効に注意資源を活用できていない可能性がある。これは翻って実質的な会話がうまくいかないことに繋がり、コミュニケーションの質を下げることになる」と書かれています。

冒頭の動画にあるマインドフルネスについてですが、「小児発達性吃音の病態研究と介入の最近の進歩」という文献には、「吃音から注意を外してコミュニケーションに集中するためには,マインドフルネス瞑想訓練が有効である」とあり、「認知行動療法的な電話訓練」(抄録集 54ページ)には、どもらないで話せる相手と話すときの「構え」と、職場で電話を使うときの「構え」との違いに気づくための観察力をつけたり、「「吃らないように」という考えから注意を逸らす」のに、マインドフルネス瞑想訓練が役立つ、と書かれています。また、身体障害者リハビリテーション研究集会2018の基調講演の中(報告集の21ページ3行目から25ページにかけて)でも、マインドフルネス瞑想とその利点について述べられています。

マインドフルネスに触れられた箇所は上の部分だけですが、「小児発達性吃音の病態研究と介入の最近の進歩」は小児保健研究(電子ジャーナル)のサイトにあります。「一般 ログイン」(ログインIDとパスワードは不要)から入り、入ったページの2018年度 77-1 をクリック/タップするとダウンロードのためのリンクがあるページが表示されます。「小児発達性吃音の病態研究と介入の最近の進歩」は上から3番目にあります。


※マインドフルネスの注意事項です。

「マインドフルネスをしてはいけない人」はいますか?

マインドフルネス心理臨床センター


以下は、2025年6月、「吃音を軽くするために」から削除したものの一部です。

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自分が話す言葉(音)に過度な注意が向かうことの弊害

自分の言葉(音)に向かった注意が、言葉(音)がからだから生まれ出る「言葉の生成段階」まで、口から出るはずの言葉(音)に固着して離れないままだと、言おうとしているその言葉は詰まります。言葉の生成過程に聴覚を巻き込んでいるので、そのとき、言葉になる思考は口から出る音(=耳から聞こえてくる音)で考えざるを(=話さざるを)得ない状態に陥っています。言葉になる思考が展開しないと発話運動が始まらず口から言葉は出てこないので、この状態で話すことはできません。

自分が口にしようとしている音そのものに焦点(フォーカス)を当て、詰まった言葉を何とか口にしようとすることも同じです。自分が話す言葉(音)に注意が集中した状態(あるいは、注意が向いた状態)で話そうとして言葉が詰まっているのに、さらにその音に注意を向けると詰まった状態が継続します。何かのはずみで自分が口にしようとしている言葉(音)から注意のフォーカスが外れ言葉になる思考が自由になるまで、トライを重ねても同じことの繰り返しで、言葉を口にできない状態が続きます。犯人は自分が口にする音に向かった注意です。

以上のケースでは、通常であれば発話運動を構成する発話方向に向いた力も、注意のフォーカスが口にしようとしている音に当たっているため、言葉の生成過程に聴覚を巻き込み、言葉になる思考が身動きできず、(言葉になる思考が展開を始めることによって始まり姿を変えていく)発話運動も始まらないため、(通常であれば吸収される)発話運動に吸収されません。必ずしも発声発語器官に力が入っているから言葉が詰まっているというわけではないのです。

また、話している最中に自分が話している言葉(口から出ている音)に注意が向かい過ぎると、口から出ている言葉そのものである「(展開している)思考」が話題について考えることから注意を奪われて不安定になります。しっかり考えることが難しくなります。

発話:言語を音声として発すること。またその結果として発せられた音声のこと。(Wikipediaより)

言葉になる思考:頭の中で「ごはん」と展開すれば、その展開と歩調を合わせ瞬間を(ほぼ)同じくして「ごはん」と口から言葉が出てくる思考。口パク(無音声による話す行為)と通常の声に出す話し方で同じ短文を交互に口にするとき、口パクをしているときに頭の中で聞こえている思考(ないし、その思考を生んでいるもの)。


普段話しているときに耳にしている自分の言葉はすでに口から出た生成済み(発話済み)の言葉(音)です。(言葉になる)思考が、次々と聞こえてくる言葉(音)のかすかに前を先行して展開を続けていて、その展開する思考に肉体が反応し、発話運動が姿を変えながら次々と口から言葉が出てきて、その言葉を聞いているわけです。口から出てくる(はずの)音に注意のフォーカスを当て、その出る(はずの)音にタイミングを合わせて、話そうとする(=考えようとする)ことはできないのです。言葉の生成過程に聴覚を巻き込んで言葉が詰まります。

(口から出る)音で考える(=話す)、(口から出る)音を頼りに考える(=話す)ことはできないのです。


当初の流れと表現を壊さない範囲で、本文冒頭の「過度に注意」を「過度な注意」に変更、文字を3箇所で挿入(下線部分)したほか、本文冒頭の注記号※と、本文中の注を付した文全体(「発話に聴覚を巻き込むと言葉は詰まります※※。」)と同じ文の注の表題(「※※発話に聴覚を巻き込むと言葉は詰まります」)、「必ずしも発声器官に力が入っている(ように見える/感じられる)」の「(ように見える/感じられる)」の合計4箇所を削除しています。


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言葉の正体が思考で、吃音や言葉の不安定さを生んでいるのが自分が話す言葉(音)、話している言葉(音)に向かう過度の注意だとしたら、吃音を軽くするためには、思考(考えること)への集中力(意識の焦点を合わせる力)を強くする一方で、自分が話す言葉(音)への関心(注意力)を弱くする必要があると思います。

口から出てくる言葉(音)が思考(思考の影)なら、自分の発話(音)に注目しているということは、(意識が)自分の思考に注目している、ということを意味します。意識が思考に集中して話題について一緒に考えている状態と、意識が思考を離れて思考を凝視し、監視し、コントロールしようとしている状態は、明らかに別物です。話そうとするときに意識に謎の空白ができることがあるのは、そのとき、これから口にする音に注意を向けることによって結果的に自分の(言葉になる)思考(が誕生する瞬間)を凝視しているせいかもしれません。

苦手な音が言い始めにくるといつも詰まる。自分の発話を意識すると、一続きの言葉が言い終わる前に所々で詰まる。普段意識していない音でも助詞がある場所などのすぐ後ろで、その音がある場所のタイミングによって詰まってしまう。普段の考え事で思考がどもらない以上、(詰まった)その音が言いにくいのではなく、特定の音や自分の発話を意識したときの(音に向かう)注意の癖によって言葉が出にくい状態が作られているのだと思います。

長年の話し方の癖として自分が口にしようとする言葉(音)に注意を向けて話そうとする傾向があること以外にも、失敗/吃音を恐れる気持ち、嫌がる気持ちが、自分が話す言葉(音)に過度に注意を向けさせ、思考に集中することの妨げになっているとしたら、吃音の改善のためには、吃音を受け容れることも大切なことかもしれません。

吃音の改善を口から出る言葉(音)のコントロールと考えるとかえって自分の話し方(言葉)に注意が行って(その結果)弊害も多いと思いますが、言葉の問題を思考と注意の問題に置き換えれば、改善すべき対象、取り組むべき対象は言葉ではなく思考と注意になります。


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2025.06.04 別記(ブログ内の他のページへのリンク)