Xへの投稿(吃音の改善を妨げている習慣)
最終更新日 2026年8月10日 下は、今年4月から8月にかけてXに投稿した内容です。青文字はこのページを書くときに挿入した補足や追記などです。Xへの投稿は2026年8月5日の投稿が最後になります。 主に5月の投稿に出てくる「吃音の改善を妨げている習慣」は、吃音に対する感じ方、発話時の注意の使い方、発話をコントロールしようとする意識(習慣)、発話場面での認知負荷、状況依存的(文脈依存的)な手続き記憶です。逆から見ると「改善ポイント」です。 ------------------ 投稿の中で使っている「口から出る音」「口から出るはずの音」とは、「話せば、そこに現れるはずの音」のことを指しています。音に対する注意の観点から言えば「話せば、耳から聞こえてくるはずの音」のことです。 話す内容が決まっていても、まだ決まっていなくても、口から出る音(=考えがまとまり、 話せば何かしらの音がそこに現れ耳で知覚できるだろう空間 )に、発話に先回りする注意が向いて、その注意がそこに居座ったまま話そうとすると、声に出して考える(=話す)ことができなくなります。 その状態で「口から出る音」に向いた注意がそこから外れないまま無理に話そうとすると、発話(発話運動:言葉を話す体の動き)が詰まります。そのとき詰まっている大元は、下のプロフィールと固定ポストに出てくる「言葉になる思考」です。 「言葉になる思考」は、通常の発話では、口から出ている自分の声に大半がかき消されますが、かすかなささやき声や口パクをしたときに、頭の中で響いているのが確認できます(口パクでも、はっきり話すことを意識している時、元気よく話している時と、ぼーっと話している時とでは、頭の中で響く声も口の動きも違います)。その「言葉になる思考」が(スムーズに)立ち上がらないことがあるとしたら、それは、話し方(発声器官の動かし方)や脳の運動制御の問題ではないです。それよりも手前に問題があります。 ※投稿に「手続き記憶」という言葉が出てきますが、正確には「手続き記憶」とは呼べないものの、使い勝手がいいので「手続き記憶」という言葉を使っています。 「文脈依存的な手続き記憶」とは、ある文脈(の組み合わせ)で繰り返し行ったこと(行おうとしたこと)が"手続き記憶化"し、それと同じ文脈の組み合わせになると、その繰り返し行ったこと(...