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90秒エッセンス(追記あり)

口から出る言葉、言葉を話す体の動き(発話運動)は、「言葉になる思考」の展開に条件づけられています。言葉の正体は、この「展開する思考」です。 その思考(声に出して「考える活動」)の邪魔をし、吃音を生んでいるのが、口にしようとする音(=口から出るはずの音=耳から聞こえてくるはずの音)に向かう注意(の癖)です。 口から出る音(口にしようとする音)に注意を向けて言葉を話そうとすると、 1.口から出てくる言葉は(展開する)「(言葉になる)思考」なので、自分という考える主体が、「思考」が(意識に)浮かび上がる瞬間に注目すると、「(声に出して)考える」(=話す)ことができなくなります。 ((外に現れるはずの口から出る音[声]の誕生に注目しても、頭の中に現れるはずの頭の中の音[声](思考)の誕生に直接注目しても、「(声に出して)考える」ことができないという意味では、 結果は同じです )) 2.展開する「(言葉になる)思考」と(それに対応する)口から出る音の知覚との間には(微かな)タイムラグ(時間のずれ)が存在するため、この状態のまま強引に音(言葉)を口(耳※)にしようとすると、途切れがない「発話運動の障害」(ひどい難発)が発生します。気力が途切れるなど、何かの弾みで口から出る音(口にしようとしている音)から注意が外れるまで続きます。普通に話せるのは、口から出る音(口にしようとしている音)から注意が外れて、「思考活動」が自由になってからです。 ((※話そうとして口から出る音に注意が向いているということは、そのとき、耳から聞こえてくる実際の自分の声で考えざるを得ない状態に陥っています)) 話そうとして、あるいは話していて、言葉がつまったり、引っかかったりする箇所では、口から出る音(口にしようとしている音)に注意が向いています。言葉の状態、発話の状態が、その瞬間の、「(言葉になる)思考」の状態を示しています。 --------------------------------------- 2025年2月27日・28日 追記(補足) >その思考(声に出して「考える活動」)の邪魔をし、吃音を生んでいるのが、口にしようとする音(=口から出るはずの音=耳から聞こえてくるはずの音)に向かう注意(の癖)です。 上の「口にしようとする音(=口から出るはずの音=耳から聞こえてくるはずの音)に向かう...

狭き門(努力を台無しにしない道)

吃音が、言葉を話そうとして、口にしようとする音に注意が向かうこと、口にしようとする音に意識が固定することが原因で生じる症状だとすると、吃音症状が徐々に改善(軽減)していくためには、話し方や口から出る言葉(音)に、不必要な注意、発話(思考)の邪魔をするような注意が向かわなくなる状態、すなわち、どもっても、どもったこと、どもった部分を気に留めない本心、どもらずにしゃべっても、そのことに特別な喜びを感じたり、大きな価値を置かない心、(思考の自然な展開による正常な話し方に被さり、それを遮って発話の邪魔をする、発話[音]をコントロールしようとする意識 [ 話すこと(=考えること)を、「意識して行う発話行為」にしたり、身構えるという意味で、一大イベントに変えてしまう意識 ] が鳴りを潜め、)不意にどもっても、どもった部分がそのまま意識の彼方に流れ去り、次に話す(べきことを考える)ことにスムーズに入っていける自然な意識の切り替わりが、徐々に出来上がっていくことかもしれません。人生のどこかで、その道を通り、その門をくぐる必要があるのかもしれません。 また、 スピーチ・シャドーイング や「 認知行動療法を用いたグループ訓練 」(抄録集 56ページ)の「考えながら話す」の箇所にある2つの訓練法、 マインドフルネス瞑想訓練 のような、言葉を話すときの、注意の向きを改善するための訓練、関心の中身を改善するための訓練は、最終的には、(どもる、どもらないを問題にし、発話と発話の結果に注目する)吃音改善とは切り離して、(思考とコミュニケーションへの)集中力と注意のコントロールを身に着ける訓練として、訓練のための訓練、日課としての訓練として(言葉を話すことを伴う訓練については、注意の向きと関心の中身を改善してくれるはずの訓練が逆に自分の言葉を気にする訓練にならないように、ちゃんとしゃべれているか、どもらずにしゃべれているかといった注意と関心の外で)、取り組むべきことなのかもしれません。そこから先のことは、人間が持つ自然治癒力の領域かもしれません。 意識的なコントロールによらない吃音(発話)の自然な改善は、どもる、どもらないを越えたところにあるのかもしれません。どもることの先に、あるのかもしれません。

自由帳

最終更新日 2024年10月15日(最初の この背景色 の記述箇所 と その直後のカッコ内の記述について、所々、加筆を行いました) 「言葉になる思考」※が展開し、その展開した部分が発話運動(言葉を話す体の動き)となって音として口から出てきて、それが耳から聞こえてくるまでの間に、微かな タイムラグ (時間のずれ)が存在します。  図1 話すタイミング(「言葉になる思考」が展開を始めるタイミング)と、話した音(「言葉になる思考」が実際に展開した部分)が耳から聞こえてくるタイミングが、微妙にずれているということです。 自分が話す言葉(音)の知覚は、話すこと(考えること、展開する「言葉になる思考」)から見ると、常に後追い(あとから)です。「言葉になる思考」の展開後、口から出て耳から入ってきた音を聞いている、口から出て耳から入ってきた音が聞こえてきている、ということです。 「言葉になる思考」の展開と、展開した「言葉になる思考」に対応する音の知覚との間に秩序(順序)/タイムラグがある中で、発話(音)に注意を向け、口にしようとしている音(口から出るはずの音/耳から聞こえてくるはずの音)と四つに組んだ状態で言葉を話そうとすると、発話(音の生成過程)に聴覚を巻き込み、脳で「耳から聞こえてくる音」=「言葉になる思考」という状態/関係が出来上がり、まず「言葉になる思考」が(声に出して)考えることができず一時停止し、次いでそれに連動する「発話運動」も一時停止するため、言おうとしている言葉が詰まり、言葉を口にすることができません。  図2 詰まった音をなんとか口(耳)にしようと、音に照準を合わせ、音を標的に、音を直接、生成/コントロールしようとすると、上の話せない状態が継続します。意識的な発話行為(発話方向に向いた力)も、「言葉になる思考」の展開に条件づけられている「発話運動」が一時停止しているため、通常であれば吸収される「発話運動」に吸収されません。それは、(発語に関する)協調運動の障害、力み、喉の締めつけ、上半身の硬直のような形で表に現れます。 これらは、吃音の原因ではなく、「発話運動」が一時停止しているところに話そうとしてかかった力です。たとえば、上半身の硬直に関して言えば、声になるはずの「吐く息」(肺の活動)も、(今まさに)話そうとする態勢を保ったまま一時停止( 「...

思考のつまりと体のつまり

最終更新日 2024年4月16日( この文字色の箇所を挿入しました ) 自分の発話に注目した状態のまま言葉を話そうとしたり、口から出る音(口にしようとしている音)に注意を向けて言葉を口にしようとすると、発話(言葉の生成過程)に聴覚を巻き込むため※1、「(声に出して)考える」(=話す)※2ことができません。この状態は、話そうとして「言葉になる思考」※3が一時停止している状態です。 言葉を話すときの体の動き(発話運動)は、「言葉になる思考」(の展開)に条件づけられています。そのため、「言葉になる思考」が一時停止すると「発話運動」も一時停止します。 「言葉になる思考」が一時停止しているこの状態は、たとえば、「こんにちは」と言おうとしているのに、自分の発話に注目していることが原因で、あるいは、口にしようとしている音(口から出るはずの音)に注意のフォーカス(焦点)が当たっていることが原因で、発話に聴覚を巻き込み、「(声に出して)考える」ことができないため、「発話運動」も一時停止し、「こんにちは」の「こ」の音の言い始めの口や舌の形をしたまま(言葉を口にする)体の動作が止まって、先に進めない状態です。 「言葉になる思考」の一時停止に連動して「発話運動」が一時停止しているため、この状態のまま言葉を口にしようとしている限り、発話運動が再開する根拠がないため、(言い出しの音を発しようとする形で止まったままの)口や舌は次の動作に移れませんし、声になるはずの息も出てきません。 自分の発話に注目した状態のまま言葉を話そうとしたり、口から出る音(口にしようとしている音)に注意を向けて言葉を口にしようとして「(声に出して)考える」(=話す)ことができなくなったら、話そうとするのをいったん完全にやめるなどして、発話への注目を解除し(口にしようとしている音に向かった注意を外し)、意識を切り替え、仕切り直す必要があります。 意識の切り替えをせず(あるいは意識の切り替えができず)、自分の発話に注目した状態のまま、あるいは、口にしようとしている音に注意を向けたまま言葉を口にしようとすると、「(声に出して)考える」ために、(自分の口から出る)口にしようとしている「その音」が必要になります。そのため、その状態のまま無理に言葉を口(耳)にしようとします。 しかし、自分の発話に注目していることが原因で、あるいは、...

吃音を軽くするために

最終更新日 2024年7月18日( マインドフルネスの注意事項 として 「マインドフルネスをしてはいけない人」はいますか? というページへのリンクを挿入しました。ほかに今年 4月と5月、 この文字色の箇所を4箇所挿入しています ) 言葉を話すときに自分が話す言葉(音)に過度に注意が向かう傾向※と意識して発話を行おうとする傾向(発話を意識する傾向)を改善する、自宅でひとりでできる吃音の改善訓練に「スピーチ・シャドーイング」があります。 ・ スピーチ・シャドーイングの自宅訓練により改善が見られた成人吃音の1例   阿栄娜, 酒井 奈緒美, 安 啓一, 森 浩一 ・ 短期シャドーイング訓練の吃音に対する効果   阿栄娜, 酒井 奈緒美, 森 浩一 上の文献は、それぞれのページ内にある「PDFをダウンロード」ボタンから全文のダウンロードができます。詳しくはそれぞれの論文をご覧ください。 「短期シャドーイング訓練の吃音に対する効果」という論文の「はじめに」の箇所に「シャドーイングとは、連続して聴こえてくる音声に対して、それを聴きながら、並行して、できるだけ遅滞なくその音声を口頭で再生(復唱)する行為である」と書かれています。 また、国立障害者リハビリテーションセンター専門情報誌「 国リハニュース 第370号(令和4年春号) 」にある「 成人吃音相談外来について 」という文書には、スピーチ・シャドーイングについて「インターネットの発話素材をスマートフォンで速度を下げて再生し、このモデルとなる音声を聞きながら、少し遅れて同じように発話し続ける方法です」と書かれています。 小児保健研究  77巻1号 (2018年)にある、国立障害者リハビリテーションセンターの森浩一先生が執筆されている「小児発達性吃音の病態研究と介入の最近の進歩」という文献には、「シャドーイングは、適切な話速で行うと、吃らないように頑張る余裕がなくなり、結果的にそれをしなくても吃らないという体験ができる。素材としてはニュースなどが使えるが、速度調整ができるものが望ましい」とあります。 「 吃音者のワーキングメモリ容量とシャドーイング潜時の関係 」という論文には「二重課題では課題負荷を調整することで常に自己発話への注意を減らす効果を出すことが可能であると思われる」とあります。すぐ上の文献の引用部分と合わせて考...

ことばを聴こうとしてどもってる?

話そうとして言葉が詰まるのは、話すときに、自分の口から出る言葉(音)に注意が集中していることが原因です。 言葉を意識すると、話すときその言葉に注意が向かうようになります。口から出る言葉は音ですから、話すとき口から出る言葉に注意が向かうとは、自分の口から出る音を聴こうとする、ということです。※ 話そうとする一方で口から出る(はずの)言葉に注意が向かっていれば、それは、話すことと聴くこととを同時に行おうとすることで、話そうとする言葉は詰まってしまいます。※※ 要するに、話すとき、自分が話す言葉を聴こうとすると聴こうとした部分の言葉(音)が詰まるということです。 話そうとして言葉が詰まって出てこないため、本人は話そうとして言葉が詰まっていると考えますが、実際には、意識して言葉を口にしようとしているために(あるいは、自分の発話に注目しているために)自分が話す言葉(音)に注意が向かい、口から出る言葉(音)を聴こうとして詰まっているのです。 口から出てくる言葉は話すときの思考です。吃音の出にくい相手や場、出ても吃音が少ない相手や場では、すんなり話せている部分はそのとき自分が話すそれらの言葉を気にしておらず、言葉(音)に注意が向かっていないのです。思考(考えていること)が展開する通りに言葉が出てきているのです。自分の言葉のことではなく、相手に伝えたい事や、相手の話を受けて自分が思うところを考えているのです。つまり、"声に出して「考えている」"のです。 ※聞こえてくるの「聞く」ではなく、関心を持って耳を傾ける方の「聴く」です。 ※※ 言葉は(話すときの)「展開する思考」です。その思考が展開できないのは、口から出る音に注意が向かっているため、 脳で「口から出る音(=耳から聞こえてくる音)」=「(言葉になる)思考」の状態/関係 になっており、口から音が出なければ考えることができないからです。 考えることができないと口から音(言葉)は出てきませんから、上の状態のまま話すことはそもそもできません。 口から出る音に注意が向かっているため、(言葉になる)思考がせき止められ、思考の展開によって始まり姿を変えていく発話運動もせき止められている状態 なのです。 その状態のまま無理に話そうとしても、言いはじめの音のかけらは出てきても言葉は出てきません。 この状態は簡単に言うと、 耳...